これまでとこれからも

インタビュー

政治家(議員)になった動機(きっかけ)は?

同じ校区の市議会議員が県議会議員に出ると決めた時に声をかけて貰いました。
何度か柄ではないとお断りしましたが、それまで競輪選手、土木会社経営者として生活し、校区の様々な役職をしてきた中で行政に対して思うところもあり立候補を決めました。

政治家(議員)として心掛けているところは?

驕らず市民感覚を持ち続ける事。合わせていろいろな意味でのバランス感覚です。
ただただ弱い人のため、って言う政策も有るんだろうけど その弱い人のためだけに行政が有るのではなく、必死になって働き税金を納めてくれる多くの人たちがいて弱い人たちが救われると思っています!
どちらの気持ちもバランス良く汲み上げて市政に反映する事が私の使命だと思っています!
弱い人のためだけに動いている感じで選挙戦で戦う人だけにはなりたくありません。
合わせて、誰とでも壁を創らず話を聞き 私の感覚で判断して市政に活かせるものは提案し ダメな物はダメと言える自分でいたいと思っています!

政治家としてやり甲斐を感じることは?

行政の行うことは今日言ったから明日って訳にはいかないです。
しかし、私が提案した細かいことから 一般質問したことが反映されて市政に活かされたときは頑張って良かったと思えます!
(この、12年間で私が関わったと思えることを羅列します。
豊橋競輪の再興、とよっすい発売、歩行者天国再開、二学期制から三学期制への移行、小学校卒業式の袴廃止、学校プールの民間委託開始。公共施設白書の作成、ここにこ・ぶらっとの開設etc
他にも当然 地元の様々な要望に答えるなど)

力を入れている(入れていく)政策は何ですか?

地元の吉田方の細かい要望を拾って反映するのは勿論ですが、23号パイパスの4車線化、豊橋浜松三ヶ日道路の早期完成、豊橋駅へのひかり号の増便など国 県 市が一体となって行う事が多く有りますが、市として頑張りたいのは豊橋駅西口の再整備です!
これだけは、なんとしても私の議員生活の中で成し遂げたい事のひとつです!

政治家にならなかったら何になりましたか?

本当は、出来ることならこの年まで競輪選手として走っていたかったのが本音です。
残念ながら親の後を継ぐために32歳で引退し土木建設業をしていましたので、議員にならなければ今でも泥と汗と日々の金策に走り回っていると思います。

有権者(特に若い方達)へのメッセージをお願いします。

選挙に行っても行かなくても変わらないと思うのではなく、若い人たちの1票1票での積み重ねが将来の自分達の生活を変える事が出来ると思って 自分の意見の代弁者だと思う人に投票してもらいたいです。
私はその声に真摯に答えるために日々活動中にしているつもりです!